国家安全保障局
機密種別から外される
| スパコンで世界に“盗聴”網=軍事から実務情報重視へ−米NSA文書公表
【ワシントン21日時事】世界最大の通
信傍受機関、米国家安全保障局(NSA)がスーパーコンピューター網を駆使し、大規模な傍受活動を行っている実態の一部が、20日公表されたNSAの機密文書で明らかになった。この傍受作戦は「エシェロン」と呼ばれ、青森県三沢の米軍基地にも拠点のある可能性が示唆されている。
米シンクタンク、国家安全保障公文書館が情報公開法に基づいてNSAの内部文書十数点を入手、公表した。1951年設立のNSAは今日、中央情報局(CIA)の2倍以上の約5万人の要員を抱え、米国の安全保障にかかわる電話や通
信の傍受、暗号の解読を行っているが、内部文書の公表は異例。
[時事通信社] [2000-01-21-17:31]
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以下、National
Security
Archive(国家安全保障記録文書、国家機密文書とも訳せる)で公開されていた資料の日本語版である。もとのページでは1頁ずつたどっていかないと読めない不便なリンク構成だったのを、いきなり画像を見られるように修正した。また、画像はやや軽くしたので、見づらい場合はオリジナルサイトにあたっていただきたい。
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by Jeffrey T. Richelson
assisted by Michael L. Evans
序論と概観
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国家安全保障局(NSA)は、合衆国諜報コミュニティーの最も秘密な(そして最も隠しだてする)参加機関である。NSAの前身機関、軍隊安全機関(AFSA--Armed
Forces Security
Agency)は、統合参謀本部の指令下、国防省内に1949年5月20日に設立された。理論上、AFSAは軍事組織の信号諜報部隊(当時は陸軍治安機関、海軍治安グループ、空軍治安機関から成り立っていった)の通
信諜報と電子諜報活動を直接指揮することになっていた。実際は、AFSAはほとんど力を持っておらず、活動についての定義において、その機能は軍部機関によって遂行されないことになっていた(1)。
NSAの創設は、Walter Bedell
Smithから国家安全保障会議事務局長James B.
Lay宛の1951年12月10日のメモの結果、生じたものである。メモは、「通
信諜報の収集・処理の管理・調整は機能しておらず、通信諜報活動の調査が必要とされている」と見ていた。提案は1951年12月13日に承認され、研究は1951年12月28日に公認された。報告は1952年6月13日までに完了した。Haerbert
Brownell委員長にちなんで一般には「Brownell委員会報告」として知られる報告は、合衆国通
信諜報活動の歴史を研究し、国家レベルで調整・指示するもっと巨大なものが必要であると示唆していた。治安機関の名称が変更されると、NSAの役割は軍隊の外に及ぶことになった(2)。
ここ数十年、NSAを覆う秘密は、議会聴聞会と調査研究によっていくらかはぎ取られてきた。
ごく最近、NSAは、世界中の個人のプライバシーを侵害するといわれている「全世界的監視ネットワーク」を運営しているなど、冷戦の技術的環境に順応していないということが批判されている。以下の文書は、話題のエシュロン・プログラムを含めて、NSAの設立、発展、運営、オペレーションへの洞察を供給している。
これらのドキュメントのいくつかは、合衆国諜報に関する国家機密文書コレクションの二つにも現われている。「合衆国諜報コミュニティー:組織、オペレーション、運営:1947年-1989年(The
U.S. Intelligence Community: Organization,
Operations and Management:
1947-1989)」(1990年)と、「合衆国スパイ活動と諜報:1947-1996(U.S.
Espionage and Intelligence: Organization,
Operations, and Management,
1947-1996)」(1997)は、これまでの50年にわたる合衆国諜報コミュニティーの組織構造、オペレーション、運営に関して最近初めて機密種別
からハズされたものである。また、これらの2セットは、マイクロフィッシュ上に、2,000以上の組織的な歴史、メモ、マニュアル、規則、指令、報告、研究が、CIA部長事務所、CIA、国家偵察局(NRO)、国家安全保障局(NSA)、国防諜報部、軍隊諜報組織、国家安全保障会議、その他の公的政府機関・組織からの50000ページ以上の文書を生みだした。
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1.1951年12月28日の手紙によって政府の通信諜報活動を調査するよう任命された特別
委員会から国務長官と国防長官への報告、1952年6月13日、47〜48、119ページ。RG457,
SR-123, 軍事文献部門,
NARA。国家暗号作成術学校, On
Watch。国家安全保障局の過去40年間のプロフィール(メリーランド州フォート・ミード、NCS、1986)17ページ。
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2. Walter Bedell Smith
「通信諜報活動について提案された調査」、1951年12月10日。特別
委員会から国務長官と国防長官への報告、118ページ。諜報活動に関する政府オペレーションを調べる合衆国連邦議会上院特別
委員会、最終報告、第3巻。海外・軍事諜報(ワシントンDC政府印刷局、1976)736ページ。国家安全保障局/中央治安機関、NSA/CSSマニュアル22-1(メリーランド州フォート・ミード、NSA、1986)、1ページ。
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文書
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Document 1
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NSCID 9
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通信諜報
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1948年7月1日
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Communicatittons Intelligence
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国家安全保障会議諜報指令(NSCID)は、1947年に最初に公表されて以来、諜報活動の最高級政策指導を規定している。
この文書は、合衆国通信諜報委員会の責務を確立し、定義している。
指令によれば、委員会は、「政府の通信諜報活動の正式な調整を行い、CIA長官に対し、その責務を有する通
信諜報分野における問題に関して助言する」こととなっている。
通信諜報(コミント)活動の特に機密性が高い性質は、このような活動が「あらゆる点において、他の一般
的諜報活動の枠組みの外にあるものとして」扱われるべきであると指摘した第6段落で強調されている。このため、他の諜報活動に関しての規則や指令は、コミント活動に適用されなかったのである。
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Document 2
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ハリー・S・トルーマン大統領から国務長官、国防長官への覚え書き。
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題名:通信諜報活動
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1952年10月24日
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Communications Intelligence
Activities
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この覚え書は合衆国通信委員会の構成、責任、手続きに関して
NSCID
9の条項を無効にする。それは、新しく創設された“COMINTのための国家安全保障会議特別
委員会”(国務長官と国防長官を含む)「のために、またそのもとで活動する」実体としてUSCIIBを設立するものである。
さらに重要なこととして、トルーマンのメモは、国防省指令に沿って
NSAを設立し、通信諜報を、3つの軍事機関に分割された軍事活動から統一された国家的活動に移行させるものである3。このため、最初の文は「合衆国の通
信諜報(コミント)活動は国家の責務である」と述べているのである。
覚え書は特別委員会に対して指令を国防長官に発するよう指示している。その指令とは、NSAのコミント任務は「外国政府に対して行われる効果
的かつ統一された組織を供給し、外国政府に対して実施される通
信諜報活動の統制を行う」ものである、と定義するものである。こうして、「合衆国のすべてのコミント収集と成果
資源は、その操作と技術的管理下で置かれる」。
この指令は、NSA長官は電子諜報(ELINT)――レーダーやミサイル遠隔測定法の発散物の傍受から得られる諜報のようなもの――の収集を行う当局とはみなしていない。
エリント任務は軍事機関に残されていたのである。
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Document 3
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ジョンソン大統領への覚え書き
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1968年9月6日
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Memo to President Johnson
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このメモは、国家安全保障担当大統領補佐官Walt
Rostowからジョンソン大統領に対して、ジョンソン大統領任期の最後の月の間に、北ベトナム人/ベトコン軍事的・政治的戦略に関する情報を提供するものである。
メモの最後の項目において、その結論は、傍受された適切な通信に対する著者のアクセス機能が一部存在していたことを注記している。
メモは特に、ハノイと南ベトナムで軍を指揮している従属部隊との間の異常な最優先メッセージ・トラフィックや、従属部隊に対するCOSVN
(南ベトナム本部)の軍事問題委員会からの緊急メッセージに注目している。
それは、合衆国がどの程度広範囲にメッセージを解読できたかは顕かにしていない。
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Document 4
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国防省指令
S-5100.20
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国家安全保障局と中央安全保障機関
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1971年12月23日
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The National Security Agency and the
Central Security Service
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元来機密であるこの指令は、小さな変更はあるが、現在も効果を持っている。
指令の鍵となる部分で指定されているのは、NSAの役割は全合衆国政府のための信号諜報任務に努めること、国防長官の任務はNSA長官の仕事を指定・監督すること、NSA長官に割り当てられた権威、NSAが他の政府機関と維持するよう求められている関係についてである。
長官に割り当てられた特別な責務の中には、整理統合されたシギント・プログラムと国防省シギント活動のための予算を準備すること、「合衆国のシギント活動に対するシギント・オペレーション上の統制の行使」、そして「中央諜報長官によって定められた目的、要求項目、優先事項にしたがって」シギント成果
と普及を行うことが含まれる。
この指令は、1958年にNSAの責務に電子諜報が追加されたことを反映しており、双方の信号諜報機関を国家当局とするものである。
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Document 5a
(1〜5)
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NSCID 6
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信号諜報
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1972年2月17日
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Signals Intelligence
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Document 5b
(6〜)
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司法省
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CIA関連電子監視活動についての照会報告
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1976年
77〜79ページ
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Report of the Inquiry into
CIA-Related Electronic Surveillance
Activities
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1976年にNSC(国家安全保障会議)によって公表された版は、コミントとエリントの定義以外にはほとんど何も書いていない。しかし、『謎の宮殿(The
Puzzle
Palace)』の著者ジェームズ・バンフォード(James
Bamford)
が入手した司法省報告が、指令の追加部分を引用していた。
指令は、NSA長官は中央諜報長官による目的、要求項目、優先事項に応じてシギントを作り出すことになっている、と明記している。それは、ある特定のCIA・FBIの活動を除いて、シギント・オペレーションに従事しているどんな組織に対しても、長官は直接命令を発する権限を与えており、その命令は義務的なものであると述べている。
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Document 6a
(1〜5)
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NSA
コミント報告
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インドで計画された主要プロジェクト
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1972年8月31日
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Capital Projects Planned in
India
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Document 6b
(6〜19)
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NSA
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インドの重水不足
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1987年10月
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India's Heavy Water Shortages
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これらの2つの書類は、ともにNSAの収集標的にインドの原子力プログラムが含まれていたということを示すため、NSA報告にある例を提供している。
通信傍受の内容を論じたり明らかにしたりしているそれぞれの書類の一部が編集されている。しかし、書類の機密種別
は、高レベル通信諜報が報告の準備に使われたことを示している。UMBRAは、特別
諜報の3つの構成要素の中でも最高級の区画である――それはコミントの婉曲表現だ。低級区画は、MORAYとSPOKEである。
Document
6bが含まれる25の報告の機密区分(TSU[トップ・シークレット・UMBRA]またはMORAY)は、この報告が広範囲にコミントに拠っていることを示している。この報告は、NSAが、ときにはCIAに迷惑をかけつつ、その正式な収集と処理責務をいかに越えていたかを明示し、収集されたデータを分析している(4)。
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Document 7
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合衆国
信号諜報指令
(USSID)18
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合衆国シギントシステムの信号諜報オペレーションにおける限界と手順
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1980年10月20日
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Limitations and Procedures in
Signals Intelligence Operations of the
USSS
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NSCID国防省指令はNSAと合衆国シギントシステム(USSS)の活動に一般
的指導を与えているが、さらに詳細な指導がNSA長官によって合衆国信号諜報指令(USSID)という形式で与えられている。指令は少なくとも9つの異なったカテゴリーに分類されている。政策、収集、処理、分析・報告、標準、管理、訓練、データ処理、責務。
1970年代、NSAが反戦その他の政治活動家に対して通信傍受しているという暴露の余波で、新しい手順が、アメリカ人に関わる通
信の傍受を管理するものとして設立された(5)。USSID
18の目的の1つは、「標的化、収集、選択、貯蔵、情報普及、合衆国国民に関係しうるデータベースの維持管理に対して、シギント・オペレーションに特定の制限を設けるよう指導する」ことである。こうして、第5章(「収集(Collection)」8〜9ページ)で、NSAが合衆国国民の通
信あるいは合衆国国民に言及している通信を傍受するためには、要求項目が満たされていなければならないという基準を指定している。第8章(「普及(Dissemination)」12ページ)では、合衆国国民の身元確認を含んだ通
信諜報の普及を許すような状況を少なくとも10件リストアップしている。
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●01 ●02 ●03 ●04 ●05 ●06 ●07 ●08 ●09 ●10 ●11 ●12 ●13 ●14 ●15 ●16 ●17 ●18 ●19 ●20 ●21 ●22 ●23 ●24 ●25 ●26 ●27 ●28 ●29 ●30 ●31 ●32 ●33 ●34 ●35 ●36 ●37 ●38 ●39 ●40 ●41 ●42 ●43 ●44 ●45 ●46
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Document 8
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中央諜報
長官指令
(DCID)6/1
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シギント委員会
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1982年5月12日
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SIGINT Committee
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現在は国家シギント委員会となっているシギント委員会は、1958年、合衆国シギント活動の鍵となる局面
――収集要求項目の特定、合衆国と同盟国のシギント活動がどの程度要求を満たしているかの査定、外国政府とのシギント協定に関する推薦状の作成――を監督するために設立された。この指令は、DCID
6/1の最新版である。
指令は公式には機密のままであったが、書類の全文は学術的著作とウェブ上で以前に公開されていた(6)
シギント委員会は長年にわたって、2つの常設小委員会――シギント
要求項目承認評価小委員会(SIRVES)とシギント諸経費偵察小委員会(SORS)――とともに運営された。
1990年代半ば、2つの新しいグループが設立された。武器・宇宙システム助言グループは、「外国の兵器と宇宙システムについてのシギントを調整」し、国家エミッター諜報小委員会は、外国のレーダーその他の非商用信号に関するシギント成果
に焦点を合わせている(7)。
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Document 9
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NAVSECGRU
指令
C5450.48A
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ウェストヴァージニア州シュガー・グローヴの海軍治安グループ活動(NAVSECGRUACT)の任務、機能、職務
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1991年9月3日
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Mission, Functions and Tasks of
Naval Security Group Activity
(NAVSECGRUACT) Sugar Grove, West
Virginia
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NAVSECGRU 指示
C5450.48A 、 Subj
:任務、が作用して、そして海軍の保全グループ活動(
NAVSECGRUACT )砂糖 Grove
、ウェストバージニア、1991年9月3日について課する。
NSAが合衆国シギント活動を監督・管理している一方で、ほとんどすべての収集活動は、実際には軍事機関シギントで実施されている。その中には、海軍治安グループ司令部も含まれる。シュガー・グローヴでインテルサット衛星を通
る国際リース回線業者(ILC)通信を傍受するというその部隊の役割は、ジェームズ・バンフォードの『謎の宮殿』で初めて暴露された(8)。
この規則は、ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドにおける物議をかもしたプログラムとなったものにシュガー・グローヴが関連していることを明らかにする。
そのプログラムとは、エシュロンというコードネームで、世界の通
信を傍受・処理し、数十年に及ぶ古いUKUSA同盟の主要パートナー――合衆国、カナダ、英国、オーストラリア、ニュージーランド――に配分している(9)。
実際には、エシュロンはもう少し限定されたプログラムで、UKUSA同盟国に諜報要求項目を指定し、人工衛星通
信を傍受するUKUSA施設(シギント衛星からデータを受けている合衆国施設ではない)によって得られた適切な傍受内容を受け取ることを認めている。それは、技術的障壁(傍受した会話の自動処理を可能にする言葉監視ソフトウェア開発能力がないこと)と、UKUSA同盟による収集活動に課せられた限界――少なくとも、これらの国々の市民についてのもの――によって制約されている(10)。こうして、NAVSECGRU指令は、シュガー・グローヴ・サイトの指揮官の責務の一つが「合衆国市民のプライバシーが、USSID
18の条項に従って適切に」保護されるよう保証する」ことであると明示している。
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Document 10
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William O.
Studeman中将からNSA職員への別れの挨拶
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1992年4月8日
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この引退するNSA長官ウィリアム・ステュードマンによる演説は、NSAの冷戦後の任務、可能性が高い予算上の限界と政府機関が直面
している他の挑戦について論じている。「軍事オペレーション支援」についてますます強調が置かれるようになっていることを反映して、ステュードマンは、「軍事的報告は、国防機関としてのNSAの基本であり、この事実に対する忠誠の欠如は衰退を招くものである」と述べている。また「増加しつつある全世界的アクセスに対する要求は拡大しつつある」、また「これらのビジネスエリア(SMOと全世界的アクセス)は、NSAが立つべき二本の、願わくば強い、足となるであろう」とも観察している。また、「変化しつつある世界、変化した世界を扱う技術的・操作的な革新は、独占し続けなければならない」と論じている。
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Document 11
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NSA代表顧問Stewart A.
Bakerより、Gerald E. McDowell様宛手紙
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1992年9月9日
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サダム・フセイン政権に対する資金援助準備について、バンカ・ナチオナレ・デル・ラヴォロ(BNL=イタリア労働銀行)、特にそのアトランタ支店の役割についての暴露の課程で、諜報共同体が法執行に十分な支援を与えていたかどうかという疑問が呈せられた。
NSA代表顧問からのこの手紙は、NSAによるBNL活動についての知識や関与について司法省からの一連の質問に答えるものである。回答では、NSAはBNL活動に関して通
信傍受オペレーションから諜報を得ていなかったことを示すようである。
この手紙は、アメリカ市民のプライバシー問題(「NSAは不当に多くのベトナム戦争反対アメリカ人の通
信を標的とした」と指摘している)や、合衆国市民や企業に関する情報を報告することについて制限に関して、NSAの機密性を強調している。
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Document 12
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空軍諜報機関の
歴史
1994年1月1日
〜12月31日
第1巻
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エシュロン部隊起動
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テキサス州
サン・アントニオ
AIA 1995年
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Activation of Echelon Units
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空軍諜報機関(AIA)の1994年発行の年報の歴史からの最初の抜粋は、エシュロン・ネットワークについての追加情報を提供する。
エシュロン部隊は、AIA第544番諜報グループの構成要素を含む。
第2派遣隊、第3派遣隊はそれぞれ、プエルトリコのSabana
Secaとウェストヴァージニア州シュガー・グローヴに位
置している。
第3派遣隊への二度目の言及は、明らかに第4派遣隊(ワシントン州ヤキマに配備)と読むべき誤植である。
削除された言葉は「民間の通信」、「NAVSECGRU」、「NSA」であるように思われる。
2番目の抜粋は、機密の活動に対するAIA参加が、「日本の三沢AB
[空軍基地]においてはLADYLOVEオペレーションに限定されていた」ことを指摘する。
三沢LADYLOVE活動は、英国Menwith
Hillヒル、ドイツのBad
Aibling、ノースカロライナ州Rosmanにおける同様の作戦と同じく、人口衛星経由で送信されたソヴィエトの軍事通
信を傍受するため冷戦中に始められた。この抜粋は、グアムと三沢の両方が、少なくとも、エシュロン作戦可能な場所として考慮されてきたことを示唆している。
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Document 13
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NSA
ポジション
ペーパー
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グアテマラにおける1990年のマイケル・デヴィーン殺害と1992年のエフライン・バマカ失踪についてのシギント報告
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1948年7月1日
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SIGINT Reporting on Murders of
Michael DeVine in 1990 and the
Disappearance of Efrain Bamaca in 1992 in
Guatemala
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1995年3月23日、諜報に関する下院常設特別委員会委員Robert
Torricelli下院議員は、グアテマラに住んでいるアメリカ人宿屋主人マイケル・デヴィーンと、グアテマラ人ゲリラ・リーダーでアメリカ人弁護士の夫であるエフライン・バマカ・ベラスケスの死について得た情報を、CIAが議会情報から隠していたとして告発した。二つの殺人は、Torricelliによると、グアテマラ人陸軍連隊長、フリオ・ロベルト・アルピレスがCIAの資金を受けた諜報スパイとつながりがあるという(11)。
この暴露は激しい批判を引き起こし、クリントン政権は、グアテマラ人保安部隊によるものとされるこれらの殺人とその他の拷問殺人事件について、政府規模の調査を命じた。CIAがこのような批判の主な標的であったが、Torricelliはバマカとデヴィーン事件についての書類が破棄されたというNSA内部の何者かからの匿名FAXを受け取っていたと報道されている(12)。
この極秘のNSAポジションペーパーはこれらの申し立てに答えるものである。
これらの事件と関係があるシギント報告は「グアテマラ政府の合衆国と国際人権問題への反応」に限定されており、死の状況やアルペス大佐の関与については特定の情報を含まない、とNSAは主張している。
この書類は、NSAが特定のシギント活動や報告を認めた、ほんのひと握りの、機密種別
から外された記録の1つである。
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●1
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Document 14
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諜報研究局
Daniel C. Kurtzer
長官補佐代理から
NSA長官
J.M. McConnell中将へ
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上空シギント収集の「事実」についての機密扱い解除の提案
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1995年9月6日
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Proposed Declassification of the
"Fact of" Overhead SIGINT Collection
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1978年、ジミー・カーター大統領は合衆国が外国標的の画像を集めるために偵察衛星を使用したことを認めた。
1995年初期、クリントン大統領は、コロナ(CORONA)などの初期人工衛星画像計画についての詳細を機密解除した。しかし、シギント人工衛星は、その存在さえ、CIA長官John
Deutchが宇宙ベースのシギント・オペレーションの公的承認を行った1995年後半まで機密のままであった(13)。
この過程では、公表によって利害関係に影響するかもしれない合衆国政府部局の意見を求めていた。
国務省の覚え書きは、ある特定の国における影響についての心配を表明していた。
削除されているが、合衆国がシギント衛星のための地上局を運営している外国――英国(Menwith
Hill)、ドイツ(Bad
Aibling)、オーストラリア(Pine
Gap)――での影響について国務省が心配していたことは開き甍だ。この覚え書きは、機密扱い解除の提案が国家偵察局(NRO)からのものであったことも示している。
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Document 15
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組織図
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NSAオペレーション管理職
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1998年11月4日
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NSA Operations Directorate
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NSAのオペレーション管理職の組織図は、いくつかの理由があって知られている。伝統的に、このような情報はNSAによって公表されなかったし、公法86-36の条項のもと、機密扱いでない組織的な情報さえ、公表するように要求されていない。
しかし、近年NSAは組織と管理上の問題について多くの情報を公表し、シギント収集のためのさまざまな航空機の用途を認めた。
組織図は、オペレーション管理職が冷戦の終わりからどのように再編成されたかも示している。
冷戦の大半を通じて、管理職は3つの鍵となる地域グループ――A(ソ連ブロック)、B(アジアの共産国)、G(その他すべて)から成り立っていた。
ソビエト崩壊後、地域グループは、欧州諸国のために一つ、その他のために一つとして集約された。新しい組織構造は、国家や地域を越えた活動に強調が置かれるようになったことを反映している。
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3. National Security
Agency, NSA/CSS Manual 22-1 (Ft. Meade,
Md.: NSA, 1986), p. 7.
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|
4. Stansfield Turner,
Secrecy and Democracy: The CIA in
Transition (Boston: Houghton-Mifflin,
1985), pp. 235-236.
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|
5. Bob Woodward,
"Messages of Activists Intercepted,"
Washington Post, October 13, 1975,
pp. A1, A14.
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|
6. Jeffrey T. Richelson,
The U.S. Intelligence Community
(Cambridge: Ballinger, 2nd ed.,
1989/Boulder: Westview Press, 3rd ed.,
1995; 4th ed.,
1999)参照。また、アメリカ科学者連盟ウェブサイトも参照のこと。http://fas.org/irp/offdocs/dcid16.htm
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|
7. Lois G. Brown,
"National SIGINT Committee," NSA
Newsletter, February 1997, p. 2.
|
|
8. James Bamford, The
Puzzle Palace: A Report on NSA, America's
Most Secret Agency (Boston, MA:
Houghton-Mifflin, 1982), p. 170.
|
|
9. Patrick S. Poole,
ECHELON: America's Secret Global
Surveillance Network (Washington,
D.C.: Free Congress Foundation, October
1998).
|
|
10. Duncan Campbell,
Interception Capabilities 2000
(Luxembourg: European Parliament, 1999);
Jeffrey T. Richelson, "A Fear of Echelon,"
Bulletin of the Atomic Scientists,
forthcoming.
|
|
11. Dana Priest,
"Torricelli Admits Violating House Secrecy
Oath," Washington Post, April 8,
1995, p. A7.
|
|
12. Kim Masters, "Truth
or Consequences; Rep. Bob Torricelli
Leaked the Goods on the CIA. Was It
Loyalty or Betrayal?" Washington
Post, April 17, 1995, p. C1.
|
|
13. DIRNSA, "Fact of
Overhead SIGINT Collection," January 4,
1996.
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