Echelon Index

エクストラ・ブラデット紙:Bo ElkjaerとKenan Seebergによる記事。
http://www1.ekstrabladet.dk/VisArtikel.iasp?PageID=43054

エシュロンは私の赤ん坊

エクストラ・ブラデット紙はかつてのエシュロン・スパイと会見した。病気と不安にもかかわらず、いま彼女は政治的監視がどのようにして遂行されたのかを明らかにする。

ラスベガス(エクストラ・ブラデット):「自分たちのやっていることがよくないことだとは感じていましたが、私は自分の専門分野であるこの仕事をとても喜んでいました。自慢するつもりはありませんが、私はよくやったと思っていますし、実際、エシュロンを自分が生んだ子どものように感じているのです」。

エクストラ・ブラデット:1999年11月17日発行

エクストラ・ブラデット紙はマーガレット・ニューシャムと、活気のないラスベガス郊外にある彼女の自宅で会見した。マーガレット・ニューシャムが普通の生活を送ろうとしている、この街の名前は省略する。彼女は自分の過去を隣人に話したことはない。

マーガレット・ニューシャムが過去に緊密に関わっていたのは、世界中でもっとも秘密主義的な世界の、まさにその核心であった。マーガレット・ニューシャムはエシュロンとして知られる、電子監視システムの構築に協力したのであった。


こんにち、彼女は諜報の世界と縁を切り、NSAやCIAの手先が彼女の口封じに出るのでは、という絶えざる恐れを抱きつつ暮らしている。それゆえ、彼女は寝るときには弾を充填したピストルをマットレスの下に忍ばせ、また彼女の一番の友だちはミスター・ガンサー……ネバダ州警察の親友が防御と攻撃用に訓練した120ポンドのドイツ・シェパードである。

われわれが到着する前に、彼女は犬を訓練士のもとへあずけた。というのも、「彼は見知らぬ人間を家に入れようとしないんです」。彼女は弱々しい笑みとともに言った。

エシュロン・スパイという彼女の仕事について、ニューシャムがいままで誰かに話したのは一度しかない。合衆国議会が1988年に開いた、閉鎖的かつ極秘の公聴会でのことだった。今日、マーガレットは11年の沈黙を破り、世界でもっとも大規模な諜報ネットワークでの仕事について、新聞に対して初めて語る。主治医の反対を押しきって、マーガレット・ニューシャムはエクストラ・ブラデット紙との会見を決意した。「私は高血圧なので、医者は私があなたたちと会って話すのは危険だと思っているんです。でも、私にはうれしいチャンスなんですよ」。


死刑宣告:

彼女がエシュロン地球監視ネットワークのプログラムを設計していたロッキード・マーティン社(Lockheed Martin)での仕事を解雇されてからというもの、彼女は地獄を経験した。1984年にプロジェクトに取り組むように頼まれたとき、彼女はそれがアメリカ政府に害となるものと信じたがゆえに拒否したのだ。そのすぐあと、NSAのエシュロンの黒幕は彼女をロッキード・マーティンから解雇した。
その直後、彼女は不当解雇で以前の雇用者を訴え、内部の保全委員会DCAAと連絡を取った。DCAAは非公開裁判を取り決めた。
「それ以来ずっと、私は自分がひどいプレッシャーに押しつぶされていたために、自分の健康に致命的な影響を被ったように感じたのです」と、いままで彼女を完全な身体麻痺状態にしてきた発作から、からくも生き延びたマーガレット・ニューシャムは語る。 病院に入れられたとき、彼女に残されていたのは聴覚だけだった。

「私は、夫と三人の子どもたちがそばに立ち、医者が自分の死亡を宣言しているのを聞くことができました。 私を持ちこたえさせた唯一のものは、もし私が死んでしまったら、私は自分の事件を失ってしまうということでした。 その考えが、私を生き返らせたのでした。」

身体が動くようになってから、ニューシャムは心拍停止を経験した。そして二年前、彼女は悪性腫瘍の外科手術を受けた。
こんにち、彼女は借り物の余生を送っているのだと淡々と語る。そしてそれはおそらく、彼女が現在前向きに立つことを選んだのかを説明している。

政治家へのスパイ:

「私にとっていま重要なのは二つの問題なのです。正しいのか、それともまちがっているのか。 そして秘密の監視プロジェクトに私が取り組んだのが長ければ長いほど、私はそのプロジェクトが違法なだけでなく、違憲だったことも見ることができたでしょう」。

マーガレット・ニューシャムは自分が一般市民、政治家、利益団体と私企業へのスパイ活動に参加していたことを不愉快に感じている。それは1974年から1984年までの10年間で、まさに彼女がやっていたことである。 人工衛星とコンピューター・プログラムの両方はカリフォルニア州サニーベールにあるロッキード本部にて開発され、1997年、彼女はイギリスのメンウィズ・ヒルにある、世界最大の監視所に配置された。

「ある日メンウィズ・ヒルで、これがどれほど完全に間違いであるかをまじめに悟ったとき、私はたくさんの翻訳担当者のひとりと一緒にすわっていたのです。 彼はロシア語、中国語と日本語の専門家でした。
突然、彼は私に、合衆国上院のビルのオフィスでなされている会話を盗聴してみたいかと尋ねてきました。
それから私は南部アメリカ方言の会話を明瞭に聞いたのです。その声は以前にも聞いたことがあるように思えました」。

「それは誰でしたか?」
私はその翻訳者に、これは共和党のストローム・サーモンド(Strom Thurmond )上院議員ではないかと尋ねたのです。 おやまあ! 私は考えました。
私たちは外国に対してだけでなく、自国の市民にもスパイ活動を行なっているのです。
私たちのやっていることが、アメリカの国家保安の利益とは何の関係もないことなのだ、と悟ったのは、そのときでした」。


知識は力なり:

それは複雑かつ単純である。アメリカの諜報機関NSAはイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの諜報機関とともに、電話での会話、電子メール、テレックスとテレファックスなど世界中の電子通信をモニターすることができる人工衛星とコンピュータシステムを確立した。
他の多くの国は第三者、第四者の立場として提携させられている。デンマークもここに含まれている。

システムの基本的な概念は、敵対国であろうと同盟国であろうと、一切の政治的運動にアクセスし、またすべての重要な経済的運動を見張ることである。 知識は力である。NSAはそれを知っている。
さらに、NSAのスパイ活動の役割は、だれがどんな情報を、またその情報が何に使われたのかを監督する唯一の主要な権威である。

「そのころでさえ、エシュロンはとても大規模で洗練されていました。
初期の1979年の段階で、われわれはある特定の人物を追跡し、その人物が電話をかけている間に、その会話にズームインすることができました。
私たちの人工衛星は1984年には、地上に置かれた切手を撮影することができたので、こんにちそのシステムの全体像を想像するのはほとんど不可能なことです」。

エシュロンはNSAのアイディアだった:

エシュロンという名前を思いついたのは誰だったのですか?
「NSAです。 ロッキード・マーティン社の英数字コードはP415でした。」
あなたは実際に何をしたのですか?

「残念ですが、私の任務のすべてをお話することはできません。
私はまだ職業的守秘義務に拘束されています。それに私は刑務所には行きたくないし、どんなトラブルにも巻き込まれたくありません。私の意味、わかるでしょう。
一般的に私が言うことができるのは、私は数多くのシステムとプログラムを編集し、全体を配置し、メインフレーム上で使用可能にすることに責任を負っていた、ということです」。
システムのどの部分をエシュロンと呼ぶのですか?
「コンピュータ・ネットワークそれ自体です。
ソフトウェア・プログラムはシルクウォース(SILKWORTH) とサイヤ(SIRE)と呼ばれていました。また最も重要な監視衛星のひとつはヴォルテックス(VORTEX)と名づけられました。 そそれはたとえば電話での会話などを傍受するのです」。


CIAの認可:

あなたはNSAのエージェントとして働いていたのですよね?でも私企業に雇用されたわけですよね?

「ええ、NSAのエージェントとロッキード・マーティン、フォード、IBMなどに雇用された民間人との違いについて言及するのは、ほとんど不可能です。 ボーダーラインは非常にあいまいです。
私はCIA、NSA、海軍と空軍の承認が必要となる、もっとも高いセキュリティ等級のひとつに属していました。
その承認には、嘘発見器によるテスト、それから保安機関が私の家族や友人を個別にチェックした、広範囲な私の個人的経歴の両方が含まれていました」。

マーガレット・ニューシャムが数多くのセキュリティ規則違反や、彼女がステルス爆撃機の開発に携わっているとき、同僚が蒙った脳障害について語っているとき、空はラスベガスのネオン・ライトを滝のように暗くしていた。
マーガレット・ニューシャムはひどく疲れていたが、同じく安心しているようであった。

「今日あなたにお話したことは、いままで誰にも話したことはありませんでした。
でもまたそろそろミスター・ガンサーをつかまえてきて、安心したいです」。
彼女は血圧を測り、ひどくおびえたようだ。
「明日の朝は医者へ行ったほうがいいわね。だから次の面会は遅いほうがいいわ」。

一時間後に彼女がミスター・ガンサーと一緒に戻るとき、この犬はすべての部屋を点検してから、彼女を家に入れるのだ。
彼女がキングサイズのベッドに眠る前に最後にするのは、拳銃をチェックして、銃弾が装填されているのを確認することである。


事実:

ロッキード・マーティンは合衆国とその諜報機関、NSAとCIAへの軍需品供給元の最大手である。
80年代、ロッキード・マーティンは、同じく諜報機関に監視装置を納入していたローラル(LORAL)スペースシステム社とフォード航空宇宙研究所を接収した。
マーガレット・ニューシャムは1974年から1984年まで、フォード社とロッキード社での雇用を通じて、NSAに勤務した。
1977年と1978年、ニューシャムはイギリスのメンウィズ・ヒルにある世界最大の通信監視所に配置された。
彼女はアメリカのメリーランド州フォート・ジョージ・ミードのNSA本部で職場内研修を受けた。

エクストラ・ブラデット紙はアメリカ国防総省からマーガレット・ニューシャムへの配置命令書を持っている。
彼女は高いセキュリティ等級である、TOP SECRET CRYPTOの所有者であった。

エクストラ・ブラデット紙が国防総省のデータベースで見つけた情報によれば、1995年におけるNSAの従業員数は38,613人である。
この数字は、私企業に雇用されるという形でNSAで働く従業員を含んでいない。

エクストラ・ブラデット紙は先月、エシュロンの存在を長期シリーズの記事とした。

デンマークはエシュロン・ネットワークに第三者的立場で提携している。デンマークにおけるもっとも重要な通信監視所はAmager島のAflandshageに位置している。